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前回の第28話では、8月最初の実戦において、自らに課した厳しいルールを守り抜いた末に、フィーバークィーンⅡで人生初となる奇跡の7連チャンを掴み取ったエピソードをお届けしました。
少しだけ見えた明るい兆し。しかし、専業の道は決して平坦なものではない。
好調の後に待っていたのは、己の弱さとの戦い、速度を増すホールの変化、そして長らく待ち望んでいた「ある台」との劇的な遭遇だった。
感情の麻痺と、プロとしての規律の狭間で揺れ動いた、8月上旬の3日間の記録である。
8月6日(土)規律の崩壊
壊れたブレーキと熱くなる自分
今日もホールへ向かう足取りは重いままであった。
先週は何とか数字の上では勝ち越すことができたが、そんなものはすべて確率のムラに過ぎない。
たまたま展開に恵まれただけで、明日へ繋がる立ち回りの手がかりは何一つ掴めていないことを、自分が一番よく分かっていた。
いつもの時間にP店へ到着し、車内でのルーティンを終えて入店する。
くよくよしていても始まらない。
早速フィーバークィーンⅡのシマを探索するが、そこにはいつもと全く変わらない、
見慣れた常連たちの顔ぶれが並んでいた。
正直なところ、もうさすがに見飽きてはいるのだが、これが私の仕事の現場なのだから仕方がなかった。
過去の経験から、
「土曜日であっても、もしかしたらホール側の仕掛けがあるかもしれない」
淡い期待を抱くようにはなっていたが、そんな都合の良い状況はそう何度も続くものではなかった。
致し方なく、今日も378番台の椅子に腰掛け、右打ちのストロークから釘の様子を探ってみることにした。
しかし、回らない。前日のストレスがそのままフラッシュバックするような冷たい玉の動きに、胸の奥が締め付けられる。
深追いによる自滅を防ぐため、いつもの1万円ルールを意識してスタートした。
ところが、この日は朝から一切の初当りが引けない。サンドに投入した投資1万円が、何の発動もないまま静かに吸い込まれていった。
本来の私の規律であれば、ここで席を立って退店するべき場面である。
しかし、気がついた時には、無意識の内に2枚目のお札に手をつけていた。
一度心のブレーキが壊れてしまうと、もう止まらない。
「1回当たるまでは、やめられない」
自分に都合のいい言い訳を頭の中で並べ立てる。
私は、まさに専業として自立する以前の、ただ負けが込んで熱くなっていた頃の自分に完全に舞い戻ってしまっていた。
深い沼からの生還と、一人で背負う孤独
分かっているのに、止まらない。
ご丁寧に、こういう時に限って台は沈黙を続ける。軍資金はすでに3枚目へと突入していた。
「頼む、当たってくれ。1回当たれば気が済むから」
ハンドルを握る手に力が入り、そんな祈るような願いは虚しくホール内の喧騒に消えていく。
そのまま非情にも4枚目へと足を踏み入れることになった。
投資が36,000円を過ぎたあたりから、ようやくドラムの動きに変化が見え始め、リーチの回数が増えていった。
一般的にリーチの多さと大当りは関係がないと言われるが、フィーバークィーンⅡには特有の「二段階抽選方式」のような仕組みがあった。
1段階目でリーチがかかるかどうかの判定を行い、そこを突破して初めて大当りの抽選へと進む、という流れである。
だからこそ、クィーンのリーチはそれ自体に大きな意味があり、ダブルリーチともなればその熱さは格別だった。
大人しかった台が急に賑やかになっていく挙動に、微かな希望を託す。
極限状態で掴み取った、執念の大当り
投資38,000円、39,000円と、命金が溶けていく極限の状態のなか、40,000円目にかかったダブルリーチが見事に大当りを引いてくれた。
幸運なことに赤7が揃い、無制限札を勝ち取ることができた。
「さあ、ここから大逆転劇だ」と息巻くほどのポテンシャルが、この冷え切った台にないことは見れば十分に分かることだ。
当然のようにその大当りは単発で終了し、あとは持ち玉が飲まれた時点で即座に退散するという最悪の結末を覚悟していた。
ドル箱の底がスカスカになり、半ば諦めかけたその時、滑り込むようにして2回目の大当りを引き当てた。
そこから2連チャンへと繋がり、粘りの展開へと潮目が変わっていく。
派手な大連チャンこそないものの、そこから確実に出玉を増やしていく時間が続いた。
時計を確認すると、時刻はすでに夜の22時を過ぎていた。
自分の頭の中で計算を弾くと、投資の額を考えれば、ちょうどチャラ(±0)のあたりまで戻ってきたのではないか。
そう判断した私は、このへんで引くことを決め、早々にジェットカウンターへ出玉を流した。
結果は、残念ながらチャラまではわずかに届かず、3,500円の負け。
しかし、あの投資4万円の絶望の淵からここまで戻せたことは、今日の最大の救いだった。
もしこれが、十分な回りを持つお宝台を打っていたのであれば、良好な結果として周囲に自慢したいところである。
しかし、今日私がやった立ち回りは、一歩間違えれば致命傷を負っていたはずの、ただの自滅行為に他ならない。
それでも、結果こそがすべてを左右する厳しい世界である。
今は自らの至らさを慰めるしかなかった。
誰にも相談できず、この過酷な立ち回りの愚痴を聞いてくれる仲間もない。
専業という生き方の「孤独」という二文字の重さを、身に染みて痛感した夜だった。
8月7日(日)引き際の徹底
惰性の選択と、プロとしての自戒
「今日もわざわざ行く価値があるのだろうか……」
朝、目を覚ました瞬間にいつも頭をよぎるその言葉を、またひとり部屋の中でつぶやいている自分がいた。
本当に毎日毎日、同じ問いかけが脳裏をかすめる。
心の底からは、「行きたくない、行きたくない」という本音が聞こえているようでもあった。
今日行ったとしても、どうせフィーバークィーンⅡの378番台か508番台のどちらかに、選択肢のないまま座らされるであろうことは、予測がついていた。
世間一般が休日となる、日曜日だからである。
けれども、ホールが営業している以上、釘の調整をチェックして立ち回るのが私の仕事だ。
私情で休むわけにはいかないと言い聞かせ、今日もP店の入り口をくぐった。
クィーンのシマへ向かうが、そこに並ぶ厳しい釘を見ても、もう落胆すら感じなくなっていた。
この冷え切った調整の景色が、私の中で完全に日常化してしまっていたからである。
半ばヤケクソに近い心境で、508番台の椅子に腰掛けた。
自分の予想通りの行動をそのままなぞることに葛藤はあった。
他に少しでも触れる可能性がある台といえば、昨日命からがら生き延びたあの378番台くらいしか残されていなかった。
今日の私は、1万円ルールを厳格に徹底してハンドルを握る。
昨日やってしまった、あのルールを破ってお札を入れ続けるという愚行だけは、何があっても絶対に避けなければならない。
それだけは心に強く誓っていた。
少し粘って釘の挙動を追ってみたものの、やはりあまりにも玉の入りが悪く、ストレスで身体が拒絶反応を起こしてついていけない。
なんとか単発の大当りを4回引いて形を作ったものの、これ以上の継続は不可能と判断し、お昼すぎという早い段階で退店した。
前日の失敗を即座に修正し、ルール通りの引き際を徹底できたことだけが、今日の唯一の意地だった。
8月8日(月)神棚に込めた祈り
諦めのなかに佇む「373番台」
週が明け、本来であれば期待に胸を膨らませる月曜日がやってきました。
しかし、この時の私は心も体もヘコみ切っており、ホール側の週明けの調整に対しても、さして大きな期待を抱かなくなっていました。
期待しては裏切られる毎日に、心が防衛策をとっていたのかもしれません。
そう思いつつも、長年の習慣に突き動かされるように、朝一番からP店のドアを開けていました。
いつものように淡々とフィーバークィーンⅡのシマの釘を眺めて回ります。
どこを見ても昨日までの据え置きのままで、変わり映えのしない景色が続いていました。
ところが、シマの中ほどまで歩みを進めたとき、ある台の前で私の足がピタリと止まりました。
「何だこれは……?」
目を疑いました。
そこには、他とは明らかに違う、綺麗にヘソ(命釘)が開けられた台がぽつんと佇んでいたのです。
心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じながら、即座にその台を確保しました。
ふと見上げて台番号を確認すると、それは「373番台」でした。
この機種のシマにおいて、この位置の台にこれほど露骨なプラス調整が入るのは、極めて珍しいことでした。
昨日まで打っていた378番台を横目に、高鳴る期待とともに373番台を打ち始めます。
玉を弾き出すハンドルから伝わってきたのは、本当に久しぶりとなる良い手応えでした。
出だしから素晴らしい勢いで玉がヘソ(命釘)へと吸い込まれていきます。
これほど回ってくれれば、朝一番から電卓を弾いて、閉店までの期待出玉の計算に没頭することができます。
「やっと、本物のお宝台を掴むことができた」
純粋な喜びと興奮が胸に込み上げてきて、本当に久しぶりに心が躍りました。
長かったです。
本当に長かった。
このわずか数台の回る台との巡り合いのために、辛く苦しい日々の中を通い詰めていたのです。
神への念願と、近づく波乱の足音
玉の入りは終始安定しており、自分のスタイルにおける王道パターンである「閉店までの打ち切り」のルートが完全に確定しました。
これで状況は良くなった、と確信していました。
ところが、パチンコの神様はどこまでも私に試練を与えます。
ドラムの回りの素晴らしさとは裏腹に、肝心の大当りが全く引けないという、厳しい展開へと引きずり込まれてしまったのです。
確率の不条理に襲われ、投資が膨んでいきます。
しかし、どれほど展開が悪かろうが、今日の私の覚悟は揺らぎませんでした。
「結果がどうなろうと、今日はこの373番台とトコトン付き合う覚悟だ」
そう自分に言い聞かせ、粘りの続行を決意します。
今日ここで引いてしまったら、これほどの優秀な台に次いつ巡り会えるか分かったものではありません。
現実は鳴かず飛ばずの膠着(こうちゃく)状態が続き、そこから閉店近くまでついに抜け出すことができないまま、無情のタイムアップを迎えることとなりました。
「くそっ、完全に取り損なってしまった……」
悔しさが込み上げますが、後半に入ってからの私の思考は、すでに明日の立ち回りへと切り替わっていました。
明日こそ良好な結果を出すために、ここからは翌日への仕込みに切り替えて打ち切ろう。
明日もこの調整のまま据え置かれることを願って。
【パチンコ昭和・平成レトロあるある:1万円ルールの崩壊とお宝台への「神頼み」】
◆ 熱くなって破ってしまう「自作自演の投資上限ルール」
「1万円でやめる」と決めていたのに初当りが引けず、気がつけば3枚目、4枚目のお札をサンドへ吸い込ませてしまう暴走。
「1回当たるまでは…」という都合の良い言い訳と胸の冷や汗は、誰もが経験した自滅の入り口でした。
◆ 「明日の据え置き」を神棚や仏壇に祈る夜の静けさ
スマホも情報サイトもない時代、自らの目と足で見つけた千円35回転の「お宝台(373番台)」。
その釘が明日もそのまま据え置かれることを願い、帰宅後に神棚へ静かに手を合わせる泥臭い祈りは、ホールと1対1で向き合っていた当時のプロならではのアナログな日常でした。
【この日の実戦から学んだプロの金言】
◆ ルールの破綻(暴走)を即座に翌日修正する「自己規律」
ルールを破って4万円を投資し、奇跡的に回収できたとしても、それを「勝ち」と過信せず「致命的な自滅行為」と猛省すること。
翌日にすぐ1万円上限を守って早々に撤退できる修正力こそが、一過性の負けで破綻しないプロの自制心です。
◆ 展開(引き)が悪くても「本物のお宝台」なら閉店まで打ち切る
千円35回転回るお宝台であれば、どれだけ初当りが重く不完全燃焼に終わろうと、閉店まで粘り切ることが正解です。
目先の収支のブレに一喜一憂せず、「期待値を積み切った内容」に納得感と達成感を持つことがスランプを突き抜ける鍵となります。
悔しさのなかに残った、確かな手応えと達成感
最終的な収支としては、昨日と一昨日の負け分をすべてまかなうには少しだけ足りず厳しい結果に終わりましたが、最悪の3連敗という泥沼だけは免れることができました。
それよりも何よりも、よく回るお宝台を自分の目で見つけ出し、それを夜まで打ち切ることができたという事実に、深い感動を覚えていました。
久々に気持ちよく帰宅の途に就くことができたこと自体が、今日の立ち回りにおける最大の収穫だったと言えます。
とにかく、明日の立ち回りは「373番台の据え置き狙い」の一択しかありません。
このまま不完全燃焼のまま終わらせるわけにはいかないのです。
家に戻り、布団に入る前、私は部屋にある神棚に向かって静かに手を合わせました。
いつも以上に強く念を込め、祈るように願いを託します。
「明日、どうかあの373番台の調整が、そのまま据え置かれていますように……」
翌朝、あの静まり返ったホールで、自分のこの生き方の根底を揺るがすようなとんでもない大事件が待ち受けているとは、この時点では、思ってもいません。
月曜日に突如として目の前に現れた、千円あたり35回転という本物のお宝台。
結果こそ思うようには伸びず、不完全燃焼のまま終わってします。
久しぶりにこれだけの優秀台に触れられたことは、何よりも大きな喜びでした。
ネットなどの情報が一切なかった当時、こうした台を自分の目と足だけで見つけ出し、一日中打ち切れたときの達成感は格別なものがあります。
だからこそ、翌日への期待を込めて神棚に祈る手にも自然と力が入る。
そんなアナログ時代の立ち回りの一幕を、懐かしく思い出します。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
次回、【第30話】新装の罠とリカバリー|夕方に変貌する店舗の記憶(1994年8月中旬)では、神棚への祈りを胸に迎えた翌朝、P店の静寂を切り裂くように発生した衝撃の出来事と、ひとつのホールに依存するリスクを痛感し始めた。
次なる生存戦略を求めて新たな地域へと視野を広げ出す転換点のドラマを振り返ります。
どうぞお楽しみに!


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