こんにちは。
「totomeのパチンコ記録」へお越しいただきありがとうございます。
前回の第7話では、新しく開拓した店舗で出会った名機の魅力や、強面だけど人間味溢れる店員さんとの今でも心に残る忘れられない出来事についてお話ししました。
残り6万円という、あと一歩で破滅という崖っぷちの状況から何とか立て直しを見せ、自分自身に厳しく課していた20万円の資金も無事に全額回収して手元に戻した。
専業生活最初の1か月をなんとか終えた私は、「この世界でも、もしかしたらやっていけるかもしれない」という小さな、しかし確かな自信を持ち始めていた。その時に得た結果の振り返りである。
専業という名の重圧:サラリーマン時代にはなかった孤独な恐怖
後ろ盾のない生活への不安
パチンコだけで生計を立てる「専業」という生き方。その言葉の響きだけを聞くと、満員電車に乗る必要もなく、誰にも縛られない自由で気楽な生活のように思われるかもしれない。
しかし実際にその身を投じてみると、その「すべてが自由である」ということ自体が、サラリーマン時代には想像もつかなかったほどの凄まじい精神的重圧となって、私の両肩に重くのしかかってきた。
会社員時代であれば、どれだけ仕事でミスをしようが、どれだけプライベートで大敗を喫しようが、翌月になれば毎月決まった日に必ず給料という形で口座に確実なお金が振り込まれる。
ですが、後ろ盾のない身にはそんな甘えは一切通用しない。日々のマイナスは、そのまま自分の生活費の減少に直結する。
今日厳しい結果に終わったという事実は明日への生々しい不安になり、明日もまた同じ結果になるかもしれないという恐怖は、自分の将来全体へのどす黒い不安へと姿を変えていく。
少し連敗が続けば、せっかく完済した軍資金がすべて溶けてプロジェクトが即座に崩壊し、明日にも生活が干上がるかもしれないという綱渡りの瀬戸際にいるリアルな心理状態だった。
理由なき勝利への一抹の不安
2月は、終わってみれば結果としての数字は大きなプラス収支で締めくくることができた。
しかし、自分の部屋で収支表を見つめながら冷静に考えてみると、自分の実力や立ち回りで掴み取ったという確かな感覚は、どこを探してもなかった。
ただ単に、台の持つ出玉力や強力な連動という、運の要素に大きく助けられただけに過ぎなかったのである。
なぜ良好な結果を出せたのかという明確な理由を自分自身で説明できないまま、私は一抹の不安を抱えた状態で3月のスタートを迎えていた。
「今月も、本当に自分の腕一本でやっていけるのだろうか……」
そんな頭をもたげる漠然とした不安を必死にかき消しながら、私はいつものように始まりの店舗であるP店へと向かった。
回転数を数えるという課題:データ表示機なき時代の高くて厚い壁
打ち手としての純粋な闘い
3月という新しい月を迎えるにあたって、私が心に固く決めた最初の課題があった。それは、純粋に「千円あたりにデジタルが何回転まわっているか」を正確に数えるということだった。
当時、貪るように読んでいたパチンコ雑誌には、どのページを開いても必ずと言っていいほど、「とにかく回る台を打て。話はそれからだ」という旨が当たり前のように、しかし力強く書かれていた。
パチンコで生きていくための基本中の基本であり、今思えば至極当然のことである。
しかし、その「当たり前の基本」を実戦の現場で実践することが、当時の私にとっては想像以上に高くて厚い壁だった。
今のように、席に座って上を見上げるだけで現在の回転数や大当り回数が一目でわかる便利な液晶データ表示機など、当時の店舗には影も形もない。
現在なら誰もが簡単に確認できるデータですが、当時はすべて自分の目と頭を使い、自分の手で数えるしかなかったのだ。
店舗内の雑音に消される記憶
私はいつものように、P店の慣れ親しんだ綱取物語の151番台へ腰を下ろした。
朝一番の出目である「十両・金星・小結」、通称「ジュウ・キン・コ」が盤面に停止しているのを確認し、意を決して打ち始める。 「1、2、3……」
投資したお金に対して、デジタルが回るたびに頭の中で一回ずつ回転数を数えていく。
しかし、これがどうしても長く続かない。 私の集中力を容赦なくかき乱してくるのは、ボリューム調整など効かない店舗特有の大音量のBGMや、周囲の台から鳴り響くけたたましいリーチ音。
さらに、両隣の席で突如として始まる大当たりの演出や、自分の手元で行う繊細なハンドルの打ち出し調整。
それら様々な環境の雑音に一瞬でも気を取られた瞬間、それまで頭の中で必死に維持していた数字が、煙のようにどこかへ吹き飛んで忘れてしまう。
「あれ? 今は23回転目だったか、それとも24回転目だったか……」 一度でもカウントが分からなくなってしまうと、そこから急激にやる気が失われていった。
結局のところ、その日の私はヘソ(命釘)への入賞回数を正確に数え切ることを途中で投げ出し、諦めてしまった。
千円あたり35回転未満は打てない、論外の回りであるという厳しい基準を頭では分かっていても、現実には正確な数字すら把握できていなかったのである。
3月の苦しいスタート:感覚頼みのツケと2日間の大敗
噛み合わない立ち回りと焦り
回転数のカウントも中途半端。台選びの根拠も、結局は自分の都合の良い「感覚頼み」。そんな甘い姿勢で臨んだ勝負に、当然ながら良い結果がついてくるはずもなかった。
P店の綱取物語で見せ場もなく厳しい結果に終わり、焦りを感じてD店へ移動。藁にもすがる思いで相性の良かったミラクルフォースSPに今日の期待のすべてを託す。
しかし、店内の空気が変わっても、私の悪い流れが断ち切れることはなかった。
かつて大プラスを出した思い出の118番台に座っても、いっこうに当たりが引けない。
しびれを切らして別の台へ移動しても、ただただ投資がかさむだけ。台のデジタルが回るスピードとは対照的に、私の財布の中の1万円札だけが、凄まじい勢いで消えていく。
猛省の夜風
初日は無残なマイナス収支。そして翌日も、前日のマイナスを取り戻しようと熱くなってしまい、さらなるマイナス収支。
わずか2日間の実戦で、2月の貯金を大きく切り崩すほどの致命的な負け越しを喫してしまった。
重い足取りで歩く夜の帰り道、夜風に吹かれながら、自分のあまりの未熟さと情けなさで胸がいっぱいになったことを、今でも鮮明に覚えている。
163番台で訪れた束の間の光:綱取物語が魅せた圧倒的な出玉力
悲壮な決意と浅い投資
専業2か月目の3日目。私は壊れそうな心を奮い立たせ、再びP店のシマへと向かった。
この日、私が意を決して選んだのは、綱取物語の163番台である。
「これ以上、マイナスを重ねるわけにはいかない。今日厳しい結果になったら本当に後がない」
そんな悲壮な決意で、祈るようにハンドルを握りしめた。すると、まだ見捨てられていなかったのか、開始早々の非常に浅い投資で待望の大当たりを引き当てることができた。
しかも、その最初の大当たりを契機に、モードが噛み合い、怒涛の7連チャンまで一気に出玉が伸びていった。
やはり、綱取物語の魅力はこの圧倒的な出玉力にある。名機『ブラボーキングダム』から色濃く受け継がれた内部モードの移行システムや、保留玉と早い連チャンへの期待感。
かつて夢中になって打っていたブラボーキングダムに近い、あの心臓がバクバクするような独特の緊張感が、そこには確かにあった。
感情に翻弄される現実
大当りを重ねるたびに、足元に重みのあるドル箱が次々と積み上がっていく。このまとまった出玉のおかげで、私の荒んでいた気持ちにも、ようやく少しばかりの余裕が生まれた。
しかし、その安堵感の裏側で、本来この実戦の中で最もやるべきだった「千円あたりの回転数の確認」は、大当たりの興奮によって私の頭から完全に消し飛んでいた。
良好な結果が出れば天にも昇るほど嬉しい。厳しい結果になれば地獄に落ちたように苦しい。
結局のところ、私は数字による冷静な立ち回りではなく、パチンコがもたらす激しい感情の波に、ただ翻弄されているだけの状態だったのである。
再び訪れた連敗の日々:ガラス細工のように崩れ去った自信
守りの姿勢が招く負の連鎖
その3日目の大きなプラスをきっかけに、その後も順調に右肩上がりでいきそうなものだが、現実はそれ以上に冷酷だった。
「せっかく昨日取り戻した分を、今日こそは減らさずに大切に守りたい」
そうやって守りに入り、臆病な立ち回りをしてしまう日に限って、面白いほど厳しい結果になるものである。
P店とD店の間を車で行き来しながら、必死に打てる台を探すものの、結果は無慈悲にも連敗の嵐。気が付けば、そこから泥沼の4日連続のマイナス収支を喫していた。
2月の終わりに、あれほど誇らしく胸に積み上げていた自分のスタイルへの小さな自信は、ガラス細工のように、あっけなく音を立てて木っ端微塵に崩れ去っていった。
「結局のところ、自分は実力でも何でもなく、ただの運が良いだけの素人だったのかもしれない」
そんなネガティブな思いが、店内の喧騒の中で何度も頭をよぎった。ふと見上げた台のガラスに映る自分の顔は、寝不足と精神的なストレスで、酷く疲れ切っていた。
立ち止まることは許されない
それでも、翌朝になれば体は勝手にホールへと向かってしまう。
一度退路を断ち、「専業として生きる」と自分で決めてしまった以上、どれだけ心が折れそうになろうとも、途中で立ち止まることだけは絶対に許されなかった。
35回転未満で打てないのは分かっていても、打たなければ生活が干上がってしまうから毎回苦しんでいた、専業ならではのリアルなジレンマがそこにあった。
【パチンコ昭和・平成レトロあるある:データ表示機なき時代の『暗算と野鳥の会』】
◆ 脳内カウントを狂わせる「BGMとリーチ音」の洗礼
頭上に現在の回転数や大当り回数が表示されるデータカウンターなど存在しなかった時代、回転数の把握はすべて打ち手の「暗算」頼みでした。
しかし、ホール内は大音量のBGMと両隣のけたたましいリーチ音の嵐。15…16…と必死に数えていたところに隣の台が大当りした瞬間、頭の中の数字が一瞬で吹き飛び、途方に暮れるのは当時の立ち回り初期の「誰もが通る登竜門」でした。
◆ カチカチ君すら存在しない手探りの時代
のちにスロットなどで主流となる小役カウンター(カチカチ君)のような便利なツールも当時は一切ありませんでした。
硬貨をポケットから別のポケットへ移す者、タバコ箱の角を折る者など、打ち手ごとに独自の「手動カウント術」を編み出していた時代。自分の頭と指先だけが頼りの、泥臭くも真剣なホール風景がありました。
【この日の実戦から学んだプロの金言】
◆ 「感覚の勝ち」よりも「根拠のある負け」に価値がある
回りも把握せず「なんとなく当たりそう」「昨日出ていたから」という感覚頼みで勝てたとしても、それは単なる運の上振れに過ぎません。
逆に、千円あたりの回転数を正確に把握した上で負けたのであれば、それは「正しく期待値を追った結果の欠損」として納得できます。
自分の打っている台の数値を把握しない勝負は、パチンコではなく単なるギャンブルです。
◆ 「データがない環境」こそがプロの技術差(優位性)を生む
データ表示機がない環境は一見不便に思えますが、実はプロにとってこれほど有利な環境はありません。
誰もがデータを見られる現代と違い、手間を惜しまず自分の手と頭で数えた者だけが「お宝台」の回りを独占できたからです。
環境の不便さを嘆くのではなく「手動カウントという手間をかけるからこそライバルに勝てる」という思考を持つことが、専業として一歩抜き出るための絶対条件です。
少しずつ見え始めた課題:手痛い洗礼の果てに気づいた原点
素人同然からの出発とデータの重要性
この頃の私は、偉そうにデータや心構えを語ってはいるものの、中央のヘソ周辺などを見て行う釘調整を見極める技術はまだ皆無に等しい状態だった。
そればかりか、基本であるはずの回転数すら、実戦の中で正確に数え切ることもできていない。収支表をつけ、その日の立ち回りを反省ノートに書き殴り始めたばかり。
今になって冷静に当時の自分を振り返れば、これまでの経験を活かすこともできていない、本当にただの「素人同然の打ち手」だったと思う。
しかし、この連敗という手痛い洗礼の中で、ひとつだけ、私の頭の中に確かに刻み込まれた確信があった。
それは、「自分の都合の良い感覚や運だけでは、この先絶対に生き残ることはできない」という、冷徹な現実だった。 なぜ良好な結果が出たのかという理由。
「そして、なぜ厳しい結果に終わったのかという原因」。
それらを、ただの偶然で片付けず、自分なりのデータとして正確に記録していかなければ、私はいつまで経っても同じ失敗を繰り返し、いずれ資金をすべて溶かして破滅してしまう。
手痛い連敗を重ねた末に、私はようやく、専業として生き残るための「本当に当たり前の原点」に気付き始めていた。
後年から振り返ると、この3月上旬の迷走こそが、私に本当の意味での「データ管理」の重要性を叩き込んでくれた最初の試練であったと感じる。
感覚だけで勝てるほど甘い世界ではないという現実を、身をもって知ったのである。当時のデータ表示機がない環境下では、いかに自分を律してデジタルを正確に数えるかが、生き残るための唯一の命綱であった。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
次回、【第9話】理不尽なタイヤパンク事件|悪意がもたらした専業生活の試練(1994年3月中旬)に続きます。 連敗のトンネルを抜け、ようやくまとまったプラス収支を手にした私を待ち受けていた、店舗の外で起きた思いもよらない最悪のトラブルを振り返ります。
そして同時に、あの苦い経験を経て、本格的に千円あたりの回転数をノートに記録するための、私なりの血の滲むような試行錯誤も始まります。
どうぞお楽しみに!


コメント