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前回の第25話では、据え置きを期待していた台が閉められていたことに落胆しながらも、店長の釘調整のクセを読み続けた7月中旬の苦闘を振り返りました。
1,280回転ハマり、そして1,488回転ハマり。数字だけ見れば異常とも言える過酷な展開が続き、精神的にもかなり消耗していた。
それでもホールへ向かうことをやめるわけにはいかない。生活がかかっている以上、どれだけ苦しくても次の日は容赦なくやってくる。
今回は7月最後の勝負週の始まりである。大きな見せ場もなければ、派手な連動もない。
しかし、そんな地味な実戦の中で、私にとって大きな意味を持つ一台との再会があった。
期待と不安が交錯する週末の選択
閉塞感を打ち破るためのB店への避難
先週の稼働で味わった、出口の見えない大ハマりのショックは、週末になっても私の心に重く残ったままだった。
P店のフィーバークィーンⅡのシマに漂う、あの張り詰めた空気から一度だけ身を引かなければ、自分自身の判断力まで狂ってしまいそうだった。
そこで土曜日の朝、私は気分転換を兼ねて、普段はあまり足を向けない少し離れたB店へと車を走らせた。
車窓を流れる夏の景色を眺めながら、なんとか気持ちを平坦に保とうと努める。
到着したB店のフィーバークィーンⅡのシマは、良くも悪くも静かだった。
もともとこのホールは、主戦場にしているP店のようにメリハリのある大胆な釘調整をおこなう傾向にはない。
それを承知の上で、停滞した心を入れ替えるために、まずは釘を慎重に確認して回る。
1万円特別ルールと引き換えに得た安堵と教訓
シマを一周し、辛うじて一台だけ、ヘソ(命釘)のまわりが良さそうに見える台を見つけ、腰を下ろした。
自らに課した「投資1万円特別ルール」の範囲内で、状況をうかがう。
打ち始めると、幸運にも投資が嵩まないうちに初当りを射止めることができた。
さらに、幸先よく無制限札が台に掛けられる。
しかし、安堵したのも束の間だった。
大当りは単発であっけなく終了し、手に入れた貴重な出玉も、次の当たりに繋がることなく静かに吸い込まれていった。
「深追いは避けたいところ」
そう頭の中でシグナルが点滅する。
これ以上の無駄な投資は、せっかく完済した『20万円のプロジェクト』資金を再び切り崩すことに直結する。
私は追加投資をすることなく、その場で静かに席を立った。
結果こそ伴わなかったが、熱くなりかけた頭を冷やすための良いブレーキにはなった。
P店での再始動と泥臭い粘り
プロの理想には届かない373番台との対峙
翌日の日曜日、私は再びP店の前に立っていた。店内の状況は相変わらず冷え切っており、釘調整に劇的な変化の兆しは見当たらない。
その中で消去法的に選んだのが373番台だった。
千円あたりの回転率は30回転前後。
本来の自分のスタイルや、かつて設定していた厳しい基準である35回転には到底及ばない数字だ。
打てるレベルにない台だと分かっていながらも、座らざるを得ない現状がもどかしい。
しかし、実際に玉を弾いてみると、釘の見た目よりはヘソ(命釘)へ玉が滑り込み、打ち始めの最初のうちは32回転から33回転近くの数値を示した。
もちろん、こうした一時的な上ブレに騙されてはならない。
経験上、出来過ぎた上向きの挙動が一日中続くことなどあり得ないのだ。
案の定、時間が経つにつれて回転率は本来の厳しい数値へと収束していった。
久しぶりに積み上がったドル箱の重み
それでも、この日は台側の引きが味方してくれた。
早い段階で初当りを重ねて無制限札を確保すると、大きなハマりを挟むことなく、足元に久しぶりのドル箱が積み上がっていった。
フィーバークィーンⅡの恐ろしさは、先週の身を削るような大ハマりで十分に身に染みている。
いつあの底なしの闇が口を開けるか分からないという緊張感を常に抱えながら、ハンドルを握る右手に力を込める。
最終的に、この日は一度も大きな崩れを見せることなく、閉店の音楽がシマに響く直前まで持ち玉で粘り切ることができた。
大当りの回数は21回。
データ的には平凡なものかもしれないが、長く暗いトンネルからようやく一歩抜け出せたような、確かな温もりが手の中に残った。
我慢の月曜日と、相棒との予期せぬ遭遇
忍耐が求められる夏の陣と388番台
週が明けた月曜日。
本来であれば、一週間の中でホール側が最も動きを見せる、釘調整に期待がかかる曜日である。
しかし、これまでの数週間で何度も期待を裏切られ、手痛い負けを叩き出してきた身としては、無邪気に胸を躍らせる余裕などは微塵もなかった。
これから夏休み本番を迎える時期は、ホール側にとって最大の回収期に入る。
専業への風当たりがさらに強まり、生き残りをかけた厳しい戦いになることは火を見るより明らかだった。
今は余計な動きを避け、地道に現状を維持する時期なのだ。
開店直後のP店に入り、フィーバークィーンⅡのシマを端から順に凝視していく。
その中で、私の足がぴたりと止まった。388番台。
ヘソ(命釘)が、ほんのわずかに横へと広がっているように感じられた。
閉め気味のシマで掴んだ「戦える手応え」
期待を抑えながら打ち始めると、回転率は千円あたり33回転前後を維持した。
理想とする35回転には一歩届かないものの、全体的に閉め気味のこの時期において、この数値は「戦える」と判断するには十分なものだった。
いつもの1万円ルールに則り、投資8,000円目で待望の初当りを引く。
ここから無制限札を手にし、派手な連動こそなかったものの、終日大きく削られることなく持ち玉でじっくりと対峙することができた。
21時30分を回ったところで、ほぼ原点付近のチャララインで稼働を終了した。
目に見える勝ちを得られなかったことへの悔しさはない。
それ以上に、この厳しい夏を共に乗り切ることができるかもしれない相棒を、自らの目で見つけ出せたことの喜びが大きかった。
「明日、この釘がそのまま残っていればいいのだが」
家路を急ぐ車内では、今日見つけた388番台の感触だけを思い出していた。
翌朝の釘が据え置きであることを願いながら、静かに布団に入った。
【パチンコ昭和・平成レトロあるある:マイホールを行き詰まった時の「サブ店避難」】
◆ ホームのピリついたシマから逃れる「B店への車移動」
連日の大ハマリや厳しい回収調整で精神的に追い詰められたとき、気分転換を兼ねて少し離れた控えめなサブ店(B店)へ向かう道中。
車窓を眺めながら頭を冷やし、「とにかく冷静な判断力を取り戻そう」と自分に言い聞かせるのは当時の専業にとって大切なメンタルケアでした。
◆ 「千円33回転」の甘い手応えと据え置きの喜び
劇的な開きではなくても、厳しい夏場で千円33回転前後をキープできる「戦える台(388番台)」を発見した瞬間の静かな高揚感。
そして翌朝、そのヘソが閉められずに「据え置き」のまま残っていた時の安堵感は、どんな大勝ちよりも胸を撫で下ろす瞬間でした。
【この日の実戦から学んだプロの金言】
◆ 感情が麻痺する前にホールから「距離を置く」英断
連敗や大ハマリで判断力が鈍りそうな時、無理に同じホームで粘り続けず、一旦別のホールへ移動して客観的な視点を取り戻すこと。
熱くなった頭を冷やすためのブレーキ(1万円ルールなど)を自ら踏める自制心こそが、破綻を防ぐプロの護身術です。
◆ 「派手な勝ち」より「明日につながる相棒(台)」を追う
一発逆転の爆発力に頼るのではなく、千円33回転で堅実に持ち玉を作れる台を見つけ、その「据え置き」を冷静に追うこと。
大勝ちの数値以上に「戦える根拠を持つ台と向き合えた充実感」こそが、スランプのトンネルを抜ける確かな足がかりとなります。
据え置きの確信と再生への足がかり
期待に応えてくれた美しい釘
翌火曜日、少し寝不足の身体を引きずるようにして朝一番にP店へ向かった。目指すは当然、昨日見極めた388番台である。
シマへ滑り込み、釘を覗き込む。ヘソ(命釘)は、昨日確認した美しい形状を保ったままそこにあった。
安堵の息を漏らし、玉を弾き始める。手のひらから伝わる玉の動きは昨日と同様、千円あたり33回転前後という戦える数値をしっかりと示してくれた。狂いはない。
2回目の大当りで早々に無制限札を獲得。これで、追加投資に怯えることなく閉店までじっくりと釘に向き合える体制が整った。
久しぶりに胸を満たした充実感
この日は、驚くほど穏やかで優しかった。初当りが終始軽めに来てくれたことに加え、2連動が小気味よく積み重なっていく。
昨日とは打って変わり、足元には少しずつ、しかし着実にドル箱が増えていった。常に怯えていた四桁ハマりの気配すら、今日ばかりは微塵も感じられない。
釘の状態と、実戦の展開が完璧に噛み合ってくれた。閉店を告げるスタッフのアナウンスを聞きながらハンドルを離したとき、私の心には、久しぶりに澄み渡るような充実感が広がっていた。
振り返ってみれば、この4日間のトータル成績は2勝1敗1分け。数字上のデータだけを見れば、特筆するような大勝ちではない。
しかし、当時の私にとって、この結果がもたらした精神的な意味は数字を遥かに凌駕していました。
7月に入ってからというもの、私の稼働ノートは回らない回収台への愚痴と、果てしない大ハマりへの恐怖ばかりで埋め尽くされていたからです。
負けが込めば、せっかく完済したばかりの『20万円プロジェクト』の資金が消し飛び、明日にも生活が干上がってしまう。
そんな綱渡りの極限状態の中で、自分の判断すら信じられなくなっていた私に、388番台との再会は「まだ戦える」という静かな闘志を再び灯してくれました。
退路を断ってプロとして生きる道を選び、早くも6か月目。もがき続けた7月の終盤に、私はようやく、明日へ進むための確かな足がかりを掴み取ることができたのです。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
次回、【第27話】苦しみ抜いた7月|最後に残ったもの(1994年7月下旬)では、長く険しかった7月の稼働をすべて終え、ノートに刻まれたデータと真摯に向き合った決算の夜を振り返ります。
度重なる試練の末に、専業としての私が最後に掴み取った本当の財産とは何だったのか、激動のひと月の総括をお届けします。
どうぞお楽しみに!


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