【第25話】据え置きか、それとも罠か|店長との読み合いが始まる(1994年7月中旬)

totomeのパチンコ記録

こんにちは。

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前回の第24話では、7月中旬に入り、ようやくP店のフィーバークィーンⅡに久々の変化が見えたことについてお話ししました。

長く閉まり続けていたヘソ(命釘)が開き、「流れが変わるかもしれない」と、胸に小さな期待を抱きながら迎えた翌日だった。

しかし、パチンコホールという場所はそう簡単にこちらの期待へ応えてくれるものではない。据え置きなのか、それとも一日だけの見せ台だったのか。釘師である店長との緊迫した読み合いは、ここから本格的に始まっていく。

7月19日(火)期待していた朝

カセットテープの音色と閉ざされたヘソ(命釘)

今日という日は朝から気分が違っていた。かなりの上機嫌である。

前日の月曜日、久しぶりにヘソが開いたフィーバークィーンⅡの数台。あの良好な状態がそのまま据え置かれているのかどうか、考えるだけで胸が躍っていた。

いつもより10分早く家を出たほどだ。道路も順順調で、予定より早くP店の駐車場へ到着した。

開店までの時間が妙に長く感じられる。車の中ではお気に入りのカセットテープを流していた。

今ではほとんど聞かなくなった言葉だが、当時はそれが当たり前の日常の風景だった。

自分の車という限られた空間で音楽を聴く贅沢が、これからの厳しい戦いを前にした唯一の心のオアシスだったのかもしれない。

開店の音楽と同時に、早足でフィーバークィーンⅡのシマへ向かう。

ところが、釘を覗き込んだ瞬間に身体が硬直した。

「あれ、閉めたね……」

思わずそう呟いていた。

前日より明らかにヘソが狭くなっている。

ガン閉めというほど極端な形ではない。

しかし、期待していた据え置きの甘い果実はそこにはなかった。

肩の力が一気に抜けていく。店長の「一日だけの撒き餌」だったのだと理解する。

それでも、ジグマプロとしての意地がある。手ぶらで帰るわけにはいかない。

気持ちを強引に切り替え、私は378番台へ座った。

希望が消えた火曜日と1,280回転の闇

打ち出してみると、まったく打てないわけではなかった。

ただ、理想とする納得のいく回りには程遠い。合格ラインの35回転には到底及ばない状態だった。

この日は明らかに回りが足りないため、自分の中で定めていた「1万円特別ルール」に切り替えた。

深追いは大怪我の元だ。

ちょうど投資1万円を使い切るかというところで、初当りを引いた。

しかも嬉しいことに無制限図柄である。

さらにそこから2連チャン。

ここまでは悪くない展開だった。十分な持ち玉も確保できた。

しかし、フィーバークィーンⅡはそう甘い機種ではない。

午後を過ぎると、大当りどころかリーチまでもがピタリと止まった。

500回転、800回転、そして1,000回転。嫌な予感だけが雪だるま式に大きくなっていく。

激熱のダブルリーチも無情に外れた。

1,200回転を超えても、まったく変化の兆しは一向に見られない。

時計の針を見るたびに、残酷にも閉店の時間が近づいてくる。

結局、追加の投資を注ぎ込み、1,280回転まで回しても大当りを引くことはできなかった。

無情にも閉店の音楽がシマに響き渡る。

私はガックリと肩を落として席を立った。

前日の朝に抱いていた輝かしい期待は、跡形もなく消え去っていた。

7月20日(水)引きずったままの実戦

前日の傷跡とジグマとしての執念

前日の1,280回転ハマり。

正直なところ、私の心はかなり引きずられていた。

最後に当たりを一度も引けないまま重い足取りで帰路につくというのは、一人のジグマプロとして本当に応える。

この未完のハマりは明日への不安を助長させるには十分な毒だった。

それでも、翌朝になると何事もなかったかのようにホールへ向かう準備をしている自分がいた。

生活がかかっている以上、感傷に浸っている暇などないのだ。

一度でも連敗が続けば、せっかく完済した20万円プロジェクトの軍資金がすべて溶けて即座に崩壊してしまう。

そんな綱渡りの瀬戸際にいる恐怖が、常に私の背中を突き動かしていた。

今日という日もフィーバークィーンⅡのシマから実戦をスタートした。

釘調整の状況は昨日とほとんど変わっていない。

昨日と同じ378番台を打ったが、玉の流れは今ひとつだった。

自分のスタイルに見合う内容ではない。

大当りを6回引いたところで見切りをつけ、私は席を立った。

綱取物語のシマへ、常連の噂を追う

午後からは気分を変えて綱取物語のシマへ移動した。

ホール側が電源を入れ直して状況を変えてくるという、常連たちの噂を耳にしていたからだ。

フィーバークィーンⅡ一択だった私にとって、この移動は苦肉の策であり、変化を求める小さな賭けでもあった。

何台か釘を見極めながら触ってみたが、目立った連チャンには恵まれなかった。

それでも、出玉の波を掴んで少しだけプラスで終えることができた。

この苦しい状況下では、厳しい結果にならなかっただけでも良しとするしかなかった。

7月21日(木)再び訪れた悪夢

51回転の好機から暗転する釘

朝から気分がまるで晴れない。

前日までの戦いで、本来なら取れたはずのものを取り損なってしまったような、割り切れない感覚がずっと胸の奥に残っていた。

重い足取りでP店へと向かう。

この日も選んだのは378番台だった。ヘソは、店長の閉め残し程度。大きな期待は持てない。

ところが、実戦が始まるとわずか51回転で初当りを引き当てた。

しかも、幸運なことに無制限札を獲得。

ここまでは非の打ち所がない理想的なシナリオだった。11回目の大当りを数えるまでは、すべてが順調そのものに進んでいたのだ。

本当の試練は、そこから始まった。728回転を超えたあたりで、私の背筋に嫌な予感が走る。

また、あの深い闇がやってくるのか。

終わらない1,488回転の絶望

その不穏な予感は、見事に的中してしまった。1,000回転、1,200回転、1,300回転。ドラムの回転数は無情に伸び続ける。

さらに1,400回転。当たらない。

結局、最後の最後まで図柄が揃うことはなく、1,488回転まで回しても当たりを引くことはできなかった。

今週2度目となる、当たりなしでの閉店。

わずか3日間のうちに2度も1,000回転オーバーの大ハマりを喰らい、しかも最後はどちらも当たりなしで終了する。

確率の世界とはいえ、当時の私にとってはあまりにも過酷で、残酷すぎる展開だった。

前日のわずかなプラスなど、この一撃で跡形もなく吹き飛んでしまった。

【パチンコ昭和・平成レトロあるある:開店前のカセットテープと「据え置き」の幻想】

◆ 車内のカセットテープで気持ちを高める「勝負前のオアシス」

オーディオデッキに好きなカセットテープを差し込み、車内で開店を待つ時間は当時のパチプロにとって心を落ち着かせる大切な儀式でした。

カセットの磁気テープが擦れる独特の音色とともに、今日の釘調整へ思いを馳せる時間は何物にも代えがたい静けさがありました。

◆ 期待を打ち砕く「据え置き幻想」のガッツリ閉め

前日不発だった台や開いた台に対して「まさか今日はそのまま据え置いてくれるはず」と甘い期待を抱いて開店ダッシュするものの、覗き込んだヘソ(命釘)がしっかり閉め直されている絶望感。

釘師(店長)の冷酷な罠に肩の力が一気に抜けるのは、誰もが経験したホールあるあるでした。

【この日の実戦から学んだプロの金言】

◆ 数字上のプラスと「精神的敗北」の乖離を自覚する

収支表の上ではわずかな勝ち(プラス)であっても、回らない台に拘束され、1,000回転オーバーのハマリを何度も耐え忍ぶ時間はプロの精神を激しく削り取ります。

「勝ったから良し」とせず、打たされた時間の苦痛や内容の無さに危機感を持つことこそが、妥協した立ち回りを正すシグナルになります。

◆ 店長の「一日限りの仕掛け(撒き餌)」に踊らされない

ホール側が仕掛ける一時的な還元調整(月曜日の開けなど)は、翌日以降に客を呼び込むための「撒き餌」であるケースも少なくありません。

月曜の残像に囚われて甘い見込みで着席せず、冷酷に閉められたヘソ(命釘)を見て即座に撤退・立ち回りを切り替える冷徹さが求められます。

長く感じた三日間

収支データと体感の乖離

今にして振り返れば、この三日間は信じられないほど長く、苦しい時間に感じられた。

手元の収支表のデータだけを切り取ると、成績は2勝1敗。

持ち玉で粘れたこともあり、3日間のトータル収支としては手元にわずかなプラス(勝ち)が残る結果となっていた。

ところが、私の心境はまるで逆だった。勝ちに恵まれたという達成感など、これっぽっちも湧いてこないのだ。

一人の打ち手の気持ちを最も激しく削り取るのは、大当りの回数でも最終的な収支の損得でもない。

出玉を呑み込まれ、出口の見えない深い大ハマリに耐え続ける時間そのものなのだと、身を以て痛感させられた。

35回転未満の打てないレベルの回収台だと分かっていながら、打たなければ生活が干上がってしまうからと、無理に回し続けた報いだったのかもしれない。

それでも、明日の朝になればまたホールへ通い続けるしかない。

これが私の選んだ生き方であり、生活がかかっているからだ。

金曜日の休養と次週への誓い

翌日の7月22日の金曜日は、事前に急な予定が入っていたため、思い切って稼働を休みにした。

一度パチンコの喧騒から完全に離れ、熱くなった頭を冷やすための良い休養期間となった。

カレンダーをめくれば、来週はいよいよ7月最後の勝負週が始まる。

苦しい流れは続いていたが、私の戦いはまだ終わったわけではない。

「来週こそは、あの本物の回りに巡り合えますように」

そんな強い気持ちだけを胸に抱き、私は久しぶりにゆっくりと深い眠りについた。

データ上のトータル収支はかろうじて形を保てたものの、3日間のうちに2度も当たりなしの閉店を迎えた精神的な疲弊は、想像以上に大きなものでした。

釘師である店長が月曜日に仕掛けた罠に翻弄され、回らない台と分かっていながら移動もできずに粘らざるを得ない。

そんな当時の自分のスタイルの限界と、他機種へ逃げざるを得なかった焦りが、数字以上に重くのしかかった3日間でした。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

次回、【第26話】最後の勝負週|7月を救った一台との再会(1994年7月下旬)では、厳しいハマリの連続に耐え抜いた私が、7月最終週に運命的な再会を果たす実戦の記録を振り返ります。

苦しい停滞期の底で、私を絶望から救い出してくれた相棒機との巡り合わせと、自分のスタイルとしての意地を見せた反撃の瞬間をお届けします。

どうぞお楽しみに!

totome

1980年代後半から約40年にわたりパチンコに親しんできたシニアパチンコファンのtotomeです。

当ブログは18歳以上の方を対象に、女性を含むパチンコ好きのシニア世代の皆さまと共に、昭和・平成・令和のパチンコの思い出や当時のホールの熱気、懐かしい名機たちを実体験をもとに振り返っています。

本ブログは勝敗を競ったり、遊技を推奨したりすることを目的としたものではありません。当時の時代背景や人との出会い、失敗や反省、専業時代に感じた迷いや学びも含めて記録として残している個人の回顧録です。

同じ時代を過ごした方には懐かしく、若い世代の方には当時のパチンコ文化を知る一つの資料として楽しんでいただければ幸いです。

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