【第31話】主戦場を飛び出す予兆|ホールの動向を見極める新たな取り組み(1994年8月中旬)

totomeのパチンコ記録

こんにちは。

「totomeのパチンコ記録」へお越しいただきありがとうございます。

前回の第30話では、事前の情報収集を怠ったことで新装開店の朝一にシャッター前で立ち尽くし、猛省しながらもB店でのマグレの勝利と夕方のホールの独特な活気をお届けしました。

少しずつ見え始めた新しい動き。勝つのが厳しくて本当は打ちたくないフィーバークィーンⅡを7ヶ月も打ち続け、「このままではいけない」と前から感じていた私が、P店の新装開店をきっかけに、新しい機種を探していくための予兆の記録である。

8月11日(木)限界を迎えた感情と新たな扉

フィーバークィーンⅡへの愚痴と専業の現実

8月11日。今日は新装開店から3日目を迎えたP店へ行くことを、前日の夜から固く心に決めていました。

なぜなら、今回の新装開店をひとつのきっかけにして、これまで7ヶ月間も頼り続けてきたフィーバークィーンⅡに代わる、新しい機種との巡り合いを本気で考えていきたかったからです。

この機種を実際に打ったことがある方であれば、きっと誰もが分かってくれると思います。

とにかく、このフィーバークィーンⅡという台は、勝ちにくい機種なのです。

私がこれまでこの台と長く付き合ってきたのは、決してこの台が好きだったからではありません。

新しい台との出会いを大切にしていると言えば聞こえは良いですが、本当のところは、ほかに打てる台が自分の行動範囲の中に全く見当たらなかったから、というのが正解かもしれません。

プロとして生活していくためには、打つ台がなければすぐに干上がってしまいます。

だからこそ、嫌でもこの台の前に座り続けるしか選択肢がなかったのです。

現に、いつもホールで見かける常連客から聞いた話ですが、大当りを一度も引けないまま3,000回転近くまで回し続けた人がいたそうです。

私は幸いにも、1回のハマりでそこまで酷い目に遭った経験はありませんが、常連客の間でそんな噂が真面目に飛び交うほど、この台のハマりは恐れられていました。

だからこそ、ホール側もこの台の客飛びを防ぐために、他の機種に比べれば釘の状態を少しは良くしてくれていたのだと思います。

千円あたり35回転未満では生活が成り立たない私のような専業にとっても、ホールが釘を甘く扱ってくれない限り、こんな辛いスペックの台は怖くてとても触れるものではありませんでした。

本当に、この機種に対する愚痴を言い出したら切りがありません。

会社員時代のB店、記憶の中の『春一番』

毎日毎日、クィーンⅡの前に縛り付けられ、胃がキリキリとするような回転数を計算する日々。

そんな張り詰めた専業としての現在とは対照的に、かつてただ純粋にパチンコを楽しんでいた会社員時代の記憶が、ふと脳裏をよぎることがあります。

当時、仕事帰りにB店へ寄っては、西陣の『春一番』をたまに打っていました。

花札の図柄や強烈な連チャン性に魅了されていた頃の思い出ですが、あのB店という場所は、今思えば本当に「何でもあり」の怪しい空間でした。

不正を暴いた、隣の男のひ言

ある日、春一番のシマに入ると、客は私一人だけでした。

静かに打っていると、しばらくして、痩せ型で背の高い、パーマをあてた30代くらいの男性が私の左隣に座ってきました。

他にも台はいくらでも空いているのに、わざわざ隣に座ってきたのです。

軽いノリの輩(やから)系の男で、何かと馴れ馴れしく話しかけてくるうるさい奴だな……と、私は適当に相槌を打ちながら聞き流していました。

すると、その男が突然、とんでもないことを言い出したのです。

「ねえ、これちょっと数えてみてよ」

そう言って、男は手のひらに乗せた6個のパチンコ玉を見せてきました。私が「何これ?」と怪訝そうに返すと、男はニヤリと笑いました。

「この店、払い出しが6個しか無いんだよ。数えてみなって」

驚いて自分の台のヘソ(命釘)入賞時の払い出しの玉を慌てて数えてみると、本当に、1回の上皿への払い出しが6個しかありませんでした。

1個足りないのです。

今であれば、完全に不正営業で一発アウト、即営業停止になるレベルの大裏工作です。

当時はこんなことが平然と行われていたのですから、恐ろしい時代でした。

しかしこの信じられない経験こそが、のちに私がプロとして他店へ偵察に行く際、釘だけでなく「お店のすべてを疑って細かくチェックする」という徹底した観察眼を養う原点となったのです。(ちなみに、西陣の『春一番』の賞球構成は「7&15」です)

ブラックコーヒーの苦いすれ違い

また別の日、どうしても春一番が出なくて、ウロウロとシマを徘徊していた時のことです。

シマの右端から4〜5台目のところで、子供を連れた30代前後の女性が一人で打っていました。

私が台を見ながら通り過ぎようとすると、その女性から不意に声をかけられたのです。

「お兄さん、右から2番目の台が出るよ」

親切心からなのか、何なのか。「出るなら自分で打てばいいのに」と内心思いつつも、せっかく教えてもらったのだからと、半信半疑でその右から2番目の台に座ってみました。

すると、これが偶然にも打ち出してすぐに初当りを引き、そこから一気に強力な天国モードへと突入したのです。

あれよあれよという間にドル箱が積み上がっていきました。

さすがに教えてくれた女性に何もなしでは申し訳ないと思い、お礼の気持ちを込めて、自動販売機でカップの温かいミルクコーヒーを買って彼女の元へ持っていきました。

「これ、さっきのお礼です」と差し出した時、彼女が取った行動は、今でも忘れられません。

彼女は、差し出されたカップの中身をじっと覗き込み、一言こう言い放ったのです。

「私、ブラックしか……」

彼女がブラックコーヒーしか飲まないなど、知る訳けもありません。

結局、差し出したミルクコーヒーは受け取っても貰えず、私は何とも言えない気まずさと傷ついた気持ちを抱えたまま、すごすごと自分の台に戻るしかありませんでした。

あのB店の何でもありな怪しさと、そこにいた人々の強烈な人間模様。

うした昔の記憶を思い返しているうちに、私は「現在の、計算だけに縛られたクィーンⅡのシマ」から、一度強く飛び出してみたくなったのです。

吐き気のするシマと、初めてのフィーバーファンタジー

何とかして、今日こそは新しい機種を見つけ出したい。そんな強い思いを胸に抱きながら、いつもの見慣れた時間にP店へと入店しました。

朝一番のルーティンとして、まずはいつも通りフィーバークィーンⅡのシマへと足を運びます。

しかし、ずらりと並んだ台の釘を見つめて歩いているうちに、どいつもこいつも全く同じ意地の悪い顔をしているように見えてきて、不意に胸の奥から吐き気が込み上げてくるような感覚に襲われました。

「もう、今日はこの台を打ちたくない」

限界を感じてシマを飛び出した私の目に、新しく飛び込んできた機種がありました。

それが、三共の『フィーバーファンタジー』という機種でした。

これまで触ったことがない台だったため、大当り確率やボーダーラインといった細かいスペックの知識は、今の私には全くありません。

本来であれば事前の計算もなしに初見の台に座るなど論外の行動です。

じっくりと釘調整を観察してみても、台ごとの個体差はほとんど確認できず、特別に釘が開いているわけでもありませんでした。

完全に、フィーバークィーンⅡから逃げ出したいという理由だけで、私はこの未知の台を試してみることにしたのです。軍資金は1万円だけと心に決め、82番台の前に腰を下ろしました。

上皿に玉を流し込み、いよいよ打ち出しをスタートしました。

しかし、予想していた通り、最初から全く回ってくれません。

千円あたりの回転数は、およそ27回転から28回転といったところでした。

千円あたり35回転未満の台などお話にならないレベルです。

すぐにでも席を立つべき回りの悪さでしたが、決めた1万円までは様子を見ようとハンドルを握り続けました。

すると、この無謀な挑戦に対して、パチンコの神様が気まぐれを起こしたのか、1万円を使い切る前の早い段階で1回目の大当りを引き当てることができたのです。

さらに運が良いことに、そのまま持ち玉で勝負ができる無制限札まで勝ち取ることができました。

ここからの展開は、自分の技術や釘読みとは全く関係のない、完全な「運だけ」の勝負となりました。

なぜか運が味方してくれて、最終的には大当り20回、そのうち確変を5回も引くという、非常に良好な結果を収めることができたのです。

今日はマグレでこれと言った立ち回りの収穫はありません。

私自身の思考が「真剣にこのままフィーバークィーンⅡを打ち続けていては、もう生活がもたないな」と肌で感じていました。

これまではおざなりにして、新しい展開を自ら探すことはしませんでしたが、何かが変わってきたと感じる1日となり、0.5歩だけ前に進んでいけたのかも知れません。

8月13日(土)〜8月15日(月)模索の渦中と久々の手応え

25回転の苦痛と、マグレの連勝

8月12日の金曜日は、私用のためにお休みしました。

そして翌日の8月13日。

1日置いて再びP店へ入店し、まずはいつも通りフィーバークィーンⅡのシマを見て歩きます。

しかし、どの台を見ても釘調整に変わりは感じ取れませんでした。

そこで、前日にマグレで良好な結果をくれたフィーバーファンタジーのシマへと足を運んでみました。

ですが、やはりこちらも昨日から変わり映えはしていません。

まずは様子見として、3台ほど500円ずつ試し打ちをしてみてから、72番台を打ってみることにしました。

打ち出してすぐに、厳しい現実を突きつけられます。前日の82番台よりもさらに回らず、千円あたり25回転~26回転といった感触でした。

とても打ち切れるレベルのものではありません。打てば打つほど損をする、論外の回りでした。

しかし、この日も早い段階で運良く形になってくれました。早い初当りから、確変も2回引くことができたのです。

ところが、その後は恐れていたハマりモードに落ち込んでしまいました。

図柄だけが無情に回転するのを見つめながら、なんとか600回転ほど我慢して粘りましたが、やはりこの回りの悪さに耐えかねて、夜の7時に見切りをつけて席を立ちました。

最終的な結果は、大当り13回、確変2回。回りは最悪でしたが、結果だけを見ればマグレの2連勝となってくれました。

この週は、翌日の8月14日の日曜日も私用でお休みしたので、一週間の勝敗は5勝という結果になりました。

月曜日にフィーバークィーンⅡで35回転の回りを取り損ねたことから始まり、火曜日には新装開店の確認不足で仕込みが無駄になるなど、前半の展開は散々でした。

しかし、その代わりに足を運んだB店でマグレのプラス収支をいただき、さらにP店のフィーバーファンタジーでもマグレの2連勝をいただくことができました。

終わってみれば、まさに「マグレだけでプラスになった」という、実力とは言えない形で一週間が幕を閉じました。

久しぶりの30回転と、抜け出せない地獄の兆し

8月15日の月曜日。週の中では3回目となる月曜日ですので、ホール側のプラス調整への期待感を持って、朝一からP店へ入店しました。

まずは基本通り、フィーバークィーンⅡのシマから歩いて釘をチェックしていきます。すると、大幅なプラス調整とまではいきませんが、383番台の釘がわずかに良くなっているのを発見しました。

即座にその台を押さえ、打ち出しをスタートします。回りを数えてみると、千円あたり30回転強といったところでした。

30回転以上の台を打つのは、先週の8月8日の月曜日以来、実に一週間ぶりのことです。

私の基準である35回転にはこれでも全然不足していますが、ここ最近のあまりの回りの悪さを思えば、一週間ぶりに手応えのある回りに巡り合えただけで、今日は満足として打ち続けることにしました。

幸いにも回りムラに悩まされることもなさそうな安定した挙動を見せてくれました。

当たりの方も非常に順調で、連チャンも4連チャンが2回、2連チャンが1回と、今の厳しい環境を思えば不足のない展開となってくれました。

夜の10時までしっかりと打ち切り、終わってみれば大当り22回。

申し分のない結果を収めることができたのです。

翌日の8月16日の火曜日は、また私用でお休みしました。

気づけば、8月も今日で半分が過ぎてしまいました。

しかし、明日への勝利につながるような、確実なキッカケはいまだに掴めないままです。

なんとかして、この苦しいフィーバークィーンⅡ地獄を抜け出したいという一心で、こうしてフィーバーファンタジーなども試してはいます。

ですが、今のところホール側がこの新しい台を良質な釘調整にしてくれるような、甘い気配は感じられません。

それでも、これから先、ホールが徐々に甘く使ってくれることを期待しながら、フィーバークィーンⅡとともに、毎日のチェックをさらに続けていきたい大切な1台になるかも知れません。

【パチンコ昭和・平成レトロあるある:何でもありのホール工作とほろ苦い人間模様】

◆ 「賞球が1個足りない…!?」店側のおおらかな(?)不正工作

現在なら一発営業停止レベルの「ヘソ入賞時6個払い出し(本来は7個)」のような裏工作が、昔の怪しいホールでは平然と行われていました。

そんな違和感に気づくプロの観察眼や、隣の怪しい客から告げられるカオスなやり取りは、当時のホールならではの日常でした。

◆ 勝ちの喜びを分かち合おうとして撃沈する「親切のすれ違い」

「出るよ」と教えてくれた見知らぬ客にお礼の缶コーヒーを買っていくも、「ブラックしか飲まない」とあっさり拒否される切なさ。

ホールという一期一会の空間で交差する人間模様は、勝負の緊張感の中に独特の味と記憶を残すものでした。

【この日の実戦から学んだプロの金言】

◆ 「打つ台がない」からこそ、観察対象を店全体に広げる

特定の主力機種に依存しすぎると、ホールの調整次第で簡単に干上がってしまいます。

「もう打ちたくない」という感情的な限界を感じた時こそ、初見の台や他機種の釘調整へ視野を広げ、次の柱となる機種を探し始める絶好の機会となります。

◆ 「マグレの連勝」を実力と勘違いせず、回りの数値(回転数)に客観的であり続ける

千円25回転などの低回転台でマグレ勝ちを収めたとしても、それを「勝てたからOK」と正当化してはいけません。

回転数が足りない恐怖を忘れず、常に「回る台を打ってこそ」という原点に立ち返ることが、スランプや過渡期を生き抜くプロの絶対条件です。

変化への一歩と、回りへの執着

千円あたり25回転という論外の台で粘らざるを得なかったり、マグレの連勝に救われたりと、自分の実力とはかけ離れた幸運に振り回された一週間でした。

しかし、月曜日に久しぶりに掴んだ30回転強のフィーバークィーンⅡの感触は、やはりパチンコは回る台を打ってこそだと、私の原点を思い出させてくれました。

8月も半分が過ぎ、新しい機種を甘く使ってくれるような明確な変化はまだ見えません。

それでも、ただ同じシマの同じ台に閉じこもるのではなく、新しい台の釘に目を向け始めた行動そのものが、この厳しい地獄から抜け出すための小さな兆しであったと、後になって強く実感しています。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

次回、【第32話】新機種探しの第一歩|試行錯誤の中で見えてきた新たな方向性(1994年8月中旬)では、スペックの辛いフィーバークィーンⅡを打ち続ける日々にいよいよ危機感を覚え、運任せではない確実な勝利を求めて、新たなホールの開拓や未体験の機種たちの釘を本格的に調べ歩き始める、私の地道な挑戦の始まりを振り返ります。

どうぞお楽しみに!

totome

1980年代後半から約40年にわたりパチンコに親しんできたシニアパチンコファンのtotomeです。

当ブログは18歳以上の方を対象に、女性を含むパチンコ好きのシニア世代の皆さまと共に、昭和・平成・令和のパチンコの思い出や当時のホールの熱気、懐かしい名機たちを実体験をもとに振り返っています。

本ブログは勝敗を競ったり、遊技を推奨したりすることを目的としたものではありません。当時の時代背景や人との出会い、失敗や反省、専業時代に感じた迷いや学びも含めて記録として残している個人の回顧録です。

同じ時代を過ごした方には懐かしく、若い世代の方には当時のパチンコ文化を知る一つの資料として楽しんでいただければ幸いです。

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