こんにちは。
「totomeのパチンコ記録」へお越しいただきありがとうございます。
前回の第39話では、自らに「3つのNGワード」を課したラストスパートのなかで、閃きと猛烈な連チャンに救われながら激動の9月をプラス収支で締めくくった記録をお届けしました。
「大負けの日を作らない」という守りの戦略でなんとか窮地をしのぎ、プロジェクト開始から丸8ヶ月という節目を迎えて新たな葛藤と時代の変化に直面した、1994年10月上旬の記録です。
10月1日(土)〜10月4日(火)節目に訪れた葛藤とモーニングサービスの恩恵
丸8ヶ月の節目に訪れた葛藤
10月1日の土曜日。先月もまた、結果だけを見れば首の皮一枚で繋がることができました。
しかし、心の安らぎなど来るはずもありません。
現在の立ち回りは、ホール側の調整次第、展開次第、物理的な運次第という、マグレの要素に大きく依存しているのが現実でした。
今年の2月から始動した「20万円プロジェクト」から、気付けば丸8ヶ月という月日が流れていました。
正直なところ、確固たる勝ち切る根拠を持てないまま、なぜここまで持ち堪えられているのか自分でも不思議でなりませんでした。
先月はとにかくマイナス額を減らす打ち方を徹底し、それなりの成果は残せました。
しかし、私が求めているのはれっきとした勝負の根拠です。
そこには未だに届かず、暗中模索の毎日が続いています。
この根拠なき日々から完全に脱却できる日は、果たして来るのでしょうか。
それでもハンドルを握り続ける理由
毎日のように脳裏の中で同じ苦悩が堂々巡りを繰り返します。
負けたくなければホールに行かなければいいし、苦しければ辞めればいいのです。
誰に頼まれてこのハンドルを握っているわけでもありません。
それでも、自分で回る台を見つけ出したときのあの感動と、高い回転率に酔いしれながら打っているときの快感が、私の根底にある限りはこれからも通い続けるのでしょう。
実質的な本格稼働は10月3日の月曜日からにするのが望ましいと考えていましたが、この週末をただ指をくわえて見ているのも落ち着きません。
様子見程度に少し動いてみるかと思い、B店に向けて車を走らせました。
郊外店に流れる、のどかな空気
私が通うP店もB店も、駅前にある店舗ではありません。
郊外に位置しているため、車などの足がなければ通うのは難しい場所でした。
だからこそ、朝から来店する常連客を含め、そこに集まるお客さんはほぼ100%がパチンコを打つことだけを目的に家を出てきています。
ちょいの間で立ち寄るような人はおらず、みんながまったりとした時間をパチンコと過ごしていました。
その光景は、のどかでどこか温かい空気に満ちていました。
誰もいないフィーバークィーンⅡのシマへ入り、276番台を選択しました。
回り不足はいつものことですが、まずは1万円までと決めて打ち出します。
回りは千円あたり28回転といったところで、物足りなさは否めません。
しかし、その投資額の範囲内で運良く初当りを引き、無制限の札も獲得することができました。
あとはノマれるまでの勝負と割り切って打ち進めます。
一時はドル箱を積む形にもなったのですが、後半に962回転という手痛いハマりを喰らってしまい、出玉を大きく減らして逃げるようにホールを後にしました。
トータルのデータは、大当り14回、2連チャンが3回。
回りの悪さが露骨に出玉に響き、最終的には1日中台に遊ばれたような格好となってしまいました。
晴れ晴れとした週明けと「モーニング無制限札」
10月3日の月曜日。
昨日の日曜日は私用も重なったため、しっかりと休養に充てました。
さあ、今日から本格的に今月の始動です。
朝一番からP店へ入店し、フィーバークィーンⅡのシマを観察していきます。
すると、少しだけ釘調整が良いと思われる台を2台発見しました。372番台と507番台です。
迷った末に選んだ372番台を打ち進めると、右打ちを交えることで回りは千円あたり31回転から、良いときで32回転前後をマークしてくれました。
今の厳しい状況を考えれば、これだけでも十分にありがたい調整でした。
この日は展開にも恵まれ、1万円を使わないうちにしっかりと形になってくれました。
持ち玉を維持しながら、前半から中盤にかけては出たりノマれたりを繰り返すもどかしい時間が続きましたが、後半になってようやくまとまった出玉の塊が訪れてくれたのです。
最終結果は、大当り22回、2連チャンが3回。
先行投資をしっかりと捲り、久しぶりに晴れ晴れとした気持ちでホールを後にすることができました。
翌日の10月4日の火曜日。
この日は朝からB店へ入店し、フィーバークィーンⅡの281番台から試してみることにしました。
しかし、実際の回りは千円あたり28回転前後といったところで、やはり物足りません。
それでも投資3,000円のところで初当りを射止め、さらに「モーニング無制限札」を掴み取ることができました。
今日もこれがノマれるまでは粘ってみるつもりでした。
ここで初めて出てきたモーニング無制限札とは、開店から1時間以内に大当りを引ければ、図柄に関係なく無制限札をくれるというホール側の嬉しいサービスでした。
早めの見切りと、2店舗を渡り歩いた結果
モーニングの恩恵で無制限にはなったものの、千円あたり28回転前後という回らない台をダラダラと打ち続けるわけにはいきません。
大当りを2回引いたところで、これ以上の未練は断ち切ってそそくさと退散し、P店へと移動することにしました。
P店に到着し、シマを見て回るとフィーバーファンタジーの302番台が良さそうに見えました。
さっそく腰を据えて打ち出してみると、最初は千円あたり30回転前後ありそうな感覚が手に伝わってきました。
しかし、打ち進めるうちに徐々に回転率が落ちてきてしまいます。
ベースが維持できないと察し、たまらず4回の大当りを引いたところで見切りをつけてお帰りとしました。
2店舗を渡り歩いたトータルの収支は、マイナス9,000円という苦い結果に終わりました。
10月5日(水)ツキの失速、1156回転目の現実
ホール側の締め残しを狙った攻め
10月5日の水曜日。朝一から気持ちを切り替えてP店へと入店しました。
フィーバークィーンⅡのシマへと足を運び、釘を精査していくと、ホール側の締め残しと思われる383番台が目に留まりました。
さっそく試してみると、回りは千円あたり30回転前後を維持してくれそうな気配を見せたため、迷わず続行を決意します。
投資も1万円以内で最初の形を作ることができ、あとは手元の持ち玉が尽きるまで粘るだけの展開へと持ち込みました。
途中、ヘソ(命釘)への飛び込みが良くなり、千円あたり30回転を超えるような勢いを見せる瞬間もありました。
しかし、トータルとして見れば、そこまでのポテンシャルを秘めた台ではなさそうでした。
順調なドル箱の山から、一転して深い闇へ
それでも、大きなハマりに捕まることもなく順調にドラムが回り、ドル箱も綺麗に積み上がっていきます。
今日はツキが味方して、このまま最後までスマートに逃げ切れるパチンコになるのではないか。そんな淡い期待が頭をよぎりました。
しかし、クィーンⅡがそんなに甘いわけがありません。
後半に入った途端、まるで深い闇に突き落とされるかのような、お決まりの失速パターンへと引きずり込まれてしまったのです。
回せども回せどもドラムが揃うことはなく、気がつけば回転数は大台を突破していきます。
最終的に1,156回転という強烈なハマりを喰らい、それまでコツコツと積み上げてきた大切なドル箱をほぼ叩き出させられたところで、無情にも遊技終了となりました。
手応えを感じていただけに、その落差が重く心にのしかかる1日となりました。
【レトロあるある:朝一番の活気とモーニングサービスの思い出】
◆ 開店1時間だけの熱狂「モーニングサービス」の存在
朝一番に大当りを引くだけで、本来なら単発や交換対象となる図柄であっても、終日持ち玉で打てる「無制限札」が手に入った夢のような時代。
開店直後のシマには、少しでも早く初当りを射止めようと鼻息を荒くした常連客たちの熱気が満ち溢れていました。
◆ ドル箱の山を一瞬で飲み込む、恐怖の1,000回転オーバー
「今日は最高の展開だ」と安心した途端、牙を剥くドラムの冷酷さ。積み上げたはずのドル箱が、1個、また1個と吸い込まれ、1,100回転を過ぎた頃には手元がスッカラカンになる脱力感。
あの天国から地獄への転落こそが、当時のデジパチが持っていた本当の恐ろしさでした。
【この日の実戦から学んだプロの金言】
◆ 「モーニング札」の甘い誘惑に惑わされず、冷徹に「回転率」で見極める
どれほどホール側がサービス札で優遇してくれたとしても、台自体の千円あたりの回転率(ボーダー)が足りていなければ、長期的には確実に負け越してしまいます。
目先のサービスに惑わされず、低回りの台は早々に見切って移動する冷徹さがプロとしての生命線です。
◆ 回る台を掴んだとしても、「1,000回転ハマり」のリスクは常に想定せよ
どれほど優秀な釘調整を見極めたとしても、確率の偏りによる1,000回転以上のハマりは絶対に避けられません。
大事なのは「回るから大丈夫」と過信するのではなく、ハマりに遭遇した際に出玉をどれだけ守り、ダメージを最小限に抑えられるかという撤退ラインの判断力です。
10月という新しい月の始まりは、プロジェクトへの葛藤とともに、当時の資料に残っていた「モーニングサービス」という言葉を見つめ直す、どこか懐かしい記憶の記録でもありました。
私がこの世界に入った当初、ホールの開店時間は朝の10時でした。
それがいつからかは定かではないものの、開店時間が朝の9時に早められたり、途中からデジタル表示機の設置が始まったりと、いくつかの変化が訪れていました。
正確な期日の記録が乏しく、今後のブログ内でこれら設備の登場時期などが前後する場合があるかもしれませんが、何卒ご容赦いただけますと幸いです。
後年から振り返れば、この1994年の秋から翌年以降にかけては、少しずつパチンコ店が様変わりしていく過渡期の中にあったのだと感じます。
どれだけ自分の心でルールを決め、のどかな空気の中で台と向き合っていても、ひとたび1,000回転を超えるようなハマりに捕まれば、それまでの努力や持ち玉は一瞬にして吸い込まれてしまう。
これがパチンコの持つ絶対的な冷徹さであり、逃れられない現実です。
それでも、回る台を見つけたときのあの高揚感が胸にある限り、私は明日もまた、変わりゆくホールのドアをくぐるのでしょう。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
次回、【第41話】回らぬシマのジレンマと、三洋プロレス7の新規開拓(1994年10月上旬)では、千円あたり35回転未満の論外な回りに苦しみながらも、新機種「プロレス7」の開拓へと挑み、専業としてのリアルな葛藤とジレンマに直面した1994年10月上旬の激闘の記録を振り返ります。
どうぞお楽しみに!


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