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「totomeのパチンコ記録」へお越しいただきありがとうございます。
前回の第40話では、10月編のスタートとともに、当時はまだ正確な導入時期が曖昧だったモーニング無制限札やデジタル表示機の登場といった、変わりゆくホール環境の記憶をお届けしました。
千円あたり35回転というプロの基準を満たさない厳しい回りに対峙しながら、新たな機種の開拓と自らの立ち回りを見つめ直した、1994年10月上旬の記録です。
10月6日(木)〜10月7日(金)妥協の投資と右打ちの不発
打てないレベルと知りながら
10月6日の木曜日。
朝からB店へと入店し、フィーバークィーンⅡの281番台に腰を据えました。
しかし、実際に打ち出してみると、回転率は千円あたり27回転前後とまったく回りません。
専業としては本来ならば論外の厳しい回りであり、打てないレベルの調整であることは既に分かっていることでした。
それでも、1,000円分の玉が尽きたらすぐに移動しようと考えていましたが、残りの玉で運良く大当りを射止めてしまいます。
さらに図柄に関係なく無制限札も獲得することができました。
自分の基準に満たない台を回し続けるのは本来の主義に反しますが、無制限になった以上はノマれるまでと腹をくくって続行を決意しました。
欲が生んだ手痛い逆転負け
そのまま夕方の6時まで粘り、手元にドル箱を2箱残した状態で、これ以上の回り不足には耐えきれなくなって遊技を止めました。
この時点でそのまま真っ直ぐ帰宅していれば、多少のプラス収支で1日を終えられていたはずでした。
しかし、その後に悪い癖が出てしまいました。
フィーバーキングやあんたはエライEXといった他の機種を、明確な根拠もないままに次々と打ち散らかしてしまったのです。
気付いたときには、クィーンで得たリードをすべて吐き出し、トータル収支はマイナスに転じていました。
またしても、明日の立ち回りに繋がるわけでもない無駄な時間と投資を繰り返してしまった己の未熟さに、深い落胆を覚える結果となりました。
状況打開のためのストローク調整
10月7日の金曜日。気持ちを引き締め直して、朝からP店へ向かいました。
フィーバークィーンⅡのシマを巡回していくと、383番台のヘソ(命釘)が潰されていないことに気付きます。
かと言って、いつものように全体としては非常に微妙な調整に見えたため、一旦はスルーして別のシマへと足を向けました。
しかし、他に打てそうな台がどうしても見当たりません。
後戻りをして、先ほどの383番台を試してみることにしました。
通常の打ち方では、やはり千円あたり30回転には程遠い厳しい回りでした。
ここで、状況を打開するために「右打ち」を試みることにしました。
すると、これが思った以上に好調な飛び込みを見せ、体感としては千円あたり35回転まであるのではないかという猛烈な勢いでデジタルが回り始めたのです。
時間の経過とともに落ちていく回転率
なぜ、これほどの優秀な回りになるのでしょうか。
半信半疑のなかで、ほどなくして1回目の大当りを引きます。
しかし、運悪く揃ったのは1回交換図柄でした。
当時のルールに従い、一度すべての玉を流してレシートに変え、再び現金投資での仕切り直しとなります。
もしこの高い回転率が本物であるならば、十分に戦えるはずでした。
しかし、1回大当りを経た直後から、回りは急変してしまいます。
それまでの勢いが嘘のように失速し、千円あたり30回転を切ってしまうほどの勢いで回転率が下がっていきました。
一時的な下振れの可能性もあると考え、状況が好転するのを信じてしばらく我慢の遊技を続けました。
しかし、一向に回りが上向く気配はありません。
そのまま粘り続けて昼過ぎに2回目の大当りを射止めるも、これも無情にも交換図柄でした。
千円あたり35回転に届かないどころか、回転率が完全に落ちてしまったと判断し、13時30分に見切りを付けてホールを後にしました。
10月8日(土)〜10月9日(日)三洋プロレス7の新規開拓と立ち回りの限界
大量導入された新機種のシマへ
10月8日の土曜日。
昨日、一昨日と悔しい連敗を喫してしまっており、今日の稼働は何としてもその流れを食い止めたいところでした。
気持ちを完全に切り替えるつもりで、朝一番からB店に入店しました。
まずはいつものようにフィーバークィーンⅡのシマの272番台に着席して様子を伺います。
しかし、3,500円を投資したところで、まったく回り足らずで見切りを付けて諦めることにしました。
ホール内をぐるりとひと回りしてみると、三洋の「プロレス7」が目に飛び込んできました。
B店としては非常に珍しいことに、その機種が両シマにずらりと大量に並んでいたのです。
この新機種に対して、かなりの期待や思い入れを持っていることが、その設置規模からひしひしと感じ取れました。
圧倒的な引きがもたらした安堵
それぞれの釘調整を観察してみますが、見た目上の明確な違いが感じられないのはいつものことでした。
まずは適当に空いていた33番台を選び、どのような挙動を見せるか打ってみることにしました。
最初の感触としては、千円あたり27回転から28回転といったところでした。
専業の基準からすれば、こんな回りで言い訳のしようもない、本来ならば即座に席を立つべきレベルです。
しかし、初当りの引きが非常に軽かったのです。
前半は、まるで「回りなんて関係ないよね」と錯覚させられるほど、ポンポンと小気味よく大当りを引くことができました。
投資が少なかったこともあり、あっという間にドル箱は3箱まで積み上がります。
その後は、1箱から3箱の間を行ったり来たりするグズグズとした展開を繰り返しました。
希望の回りには遠く及ばませんが、持ち玉が完全に尽きることなく繋がってくれたため、全体の流れに沿う形で閉店近くまで実戦を続行しました。
最終的なデータは、大当り22回。
大当り後の保留玉内で発生した、3回の自力連チャンが非常に大きかったのです。
回らない台での苦しい展開ではありましたが、引きに救われる形で1日を終えることができました。
割り切りの中で舞い込んだ初当り
10月9日の日曜日。日曜日ということもあり、ホール側の開き台には一切期待が持てない状況でした。
そのため、昨日と同じような動きを想定してB店へと向かいます。
入店後、昨日ドル箱を積むことができたプロレス7のシマへと直行します。
台の選択基準は昨日と同様で、釘の見た目が少しはマシに見える程度だった18番台を選んで実戦をスタートしました。
しかし、実際に打ち出すとまったく回りません。
自分の中で定めている「1万円ルール」を発動するまでもいかないような、論外の厳しい回りようでした。
即座に帰るべき状況でしたが、すでに打ち出してしまっているという気の緩みもあり、5,000円までは打ってから帰ろうと決めます。
昨日多少出た分のお返しをするくらいの気持ちでハンドルを握っていました。
ところが、自分の予定とは裏腹に、その5,000円以内の投資で初当りを引いてしまいます。
この引きが、今日の展開にとって吉と出るか凶と出るかは、この時点ではまだ分かりませんでした。
立ち回りの限界と見切りの決断
そこからは、回らない台特有のイライラする展開に耐えながら、夕方の5時頃まで我慢して打ち続けることとなりました。
最終的なデータは、大当り12回。
回転率が伴わないなかでのダラダラとした実戦は、非常にストレスの溜まる1日となりました。
この土、日の2日間、新規開拓の意味も込めてプロレス7を試してみましたが、ベースの調整を考慮すると、今後このホールでメイン機種として回して、使い込んでいくことはなさそうだと判断しました。
今後も戦力として使えることはないでしょう。
しかし、この厳しい土、日の実戦において、大きな取りこぼしをすることなく連敗を止める形になってくれたことだけは、唯一の救いだったと言えます。
回らない台と分かっていながら、引きだけに頼ってダラダラと打ち続けてしまったことは、パチンコ打ちとしては失格でした。
10月1日の土曜日から10月9日の日曜日までの実戦を振り返ると、稼働日数は8日。
その勝敗は4勝3敗1分けという結果になりました。
10月の初めから、千円あたり35回転に届かない厳しい状況がずっと続いています。
どんなに環境が変わろうとも、こちらにできることはホールの選択と、目の前の台の選定。これだけです。
特に、同じ地域で腰を据えて立ち回るジグマスタイルのパチンコ打ちとしては、自分自身の力だけで勝っているのではなく、ホール側の調整に生かされているという冷徹な事実を、改めて痛感することとなりました。
【レトロあるある:回らぬシマでの新台開拓と立ち回りの誘惑】
◆ 新機種の大量導入シマで感じる、ホール側の「期待とアピール」
新台が両シマにずらりと並ぶ光景は、当時のパチンコ店にとって最大の看板であり勝負どころでした。
「このシマを看板にしたい」というホールの熱量が伝わってくる反面、釘を見て「回りは甘くないな…」とプロの目で冷静に見抜いてしまう、新台入れ替え時期独特のジレンマがありました。
◆ 出玉を得た安心感から、他機種を打ち散らかしてしまう「気の緩み」
「今日の勝ち分があるから…」と、本命台で出した出玉を抱えて別のシマへ流れてしまう一瞬の隙。
根拠のない台を打ち散らかし、気がつけば勝ち分を丸々吐き出して手ぶらで帰る脱力感は、専業であっても誰もが一度は通る「自分への敗北」の瞬間でした。
【この日の実戦から学んだプロの金言】
◆ 「引き」で勝てた日にこそ自省し、ベースの回転数(根拠)に立ち返る
どれほど回らない台であっても、確率の偏りで大当りが続いて勝ててしまう日があります。しかし、それを「自分の腕」と勘違いして回らない台を打ち続ければ、遠からず破滅します。
引きで勝った日にこそ冷徹に「本来なら負けていた勝負だ」と猛省できる冷静さこそが、生き残るプロの資質です。
◆ 専業の勝敗は自分の腕ではなく、「ホール側の匙加減」に生かされていると自覚する
ジグマスタイルで生きる以上、どれだけ立ち回りを研ぎ澄ませても、ホールが釘を開けてくれなければ勝ち続けることはできません。
「自分の力で勝っている」という過信を捨て、ホールの調整の波と冷徹に向き合い、引き際を判断することが長期的な生き残りへの唯一の道です。
千円あたり35回転という自分自身の絶対的な基準に満たない台であっても、打たなければ生活が立ち行かないという現実に、今月も最初から激しく翻弄される日々となりました。
回らないクィーンでの苦い逆転負けから、B店が大量導入した新機種「三洋プロレス7」の新規開拓への挑戦。
結果として引きに救われて連敗を止め、上旬の連敗を止めることはできたものの、回らぬ台を粘り続けてしまったことへのジレンマと反省は、プロとしてのプライドを激しく揺さぶるものがありました。
自分が台を選んでいるようでいて、その実はホールのさじ加減ひとつに生かされているに過ぎない。
ジグマスタイルが持つその独特な宿命と厳しさを胸に刻みながら、10月中旬のさらなる荒波へと足を進めていくことになります。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
次回、【第42話】据え置きの確信と、異次元に昂る右打ちの足跡(1994年10月中旬・前編)では、新機種への見切りをつけ臨んだホールで、開始時から千円あたり35回転をキープする異次元の調整台を掴み取り、据え置きへの確信を胸に怒涛の連チャンでウップンを晴らした10月中旬の激闘の記録を振り返ります。
どうぞお楽しみに!


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